(エッセイ)トルコの一人旅の記録。危ない目に遭った話(第1回/全2回)
もう30年も前の話です。私は勤めていた東京都ユースホステル協会を退職して、トルコへ一人旅に出かけました(当時26歳)。理由は沢木耕太郎の著書「深夜特急」に触発されたからでした。トルコの首都アンカラには、同僚で先に退職した友人が、日本語教師をしていたからもあります。

タイ国際航空の格安航空券を20万円弱で購入しました。その航空券はタイのバンコクで乗り換えて、ギリシャのアテネに寄ってから、トルコのイスタンブールに行くものでした。初めての海外旅行でひとり旅するのは不安でしたが、バックパッカーは一度やってみたかったので、良い機会だと思いました。2WAYのバックパックやウエストポーチ、首から下げるポーチ、トラベラーズチェック(10万円分)を買ってトルコへ旅立ちました。

トルコのイスタンブールまで約20時間かかりました。途中、沖縄上空を飛んでいる時に見たサンゴ礁と、タイのメコン川と、多分インドだと思われる夜景と、バンコクの暑さが印象に残っています。
ギリシャで一度着陸して、イスタンブールには朝方に着きました。市の中心部へは乗り合いバスで移動しました。トラベラーズチェックの一部を米ドルとトルコリラに両替して(当時トルコは超インフレで、紙幣に記載されている数字の桁数にビックリしました)、私はトプカプ宮殿とシルケジ駅の中間にある安いビジネスホテルを定宿にしました。一泊約4000円くらいだったと思います。一応型通りに旧市街にある有名なトプカプ宮殿やグランド・バザール、旧市街と新市街を結ぶガラタ橋、ガラタ塔、シルケジ駅、ブルーモスク、アヤソフィアに見物に行きました。トプカプ宮殿から見える金角湾や、アジア側とヨーロッパ側の間にあるボスポラス海峡の眺めは最高でした。2月に行ったので少し寒かったですが、トルコではその年は暖冬だと言うことでした。

お腹が空くと、ガラタ橋のあたりにある屋台で、ドネルケバブサンドやスミット(トルコ式の硬いパン)、魚のサンドを食べました。夕食はホテルの近くにあるロカンタ(トルコ式大衆食堂)で羊肉とオリーブオイルとスパイスの効いた煮物3皿ほどを選んで食べました。3皿で約500円と格安でした。のどが渇くとチャイハネ(茶屋)でトルココーヒーや紅茶(チャイ・角砂糖がたっぷり入っている甘いやつ)を飲みました。お土産はあまり買いませんでしたが、文房具屋でノートとナジャールボンジュー(トルコのお守り)だけは買いました(さすがに絨毯は買いませんでした)。ホテルは安いだけあってシャワーのお湯がぬるかったりしましたが、オイルヒーターのおかげで過ごしやすかったです。電話はジェトンという公衆電話専用のコインに両替してかけました。当時イスタンブールにはすでに、マクドナルドやセブンイレブンがありました。移動は徒歩以外、おもにトラムを使いました。

それにしても、昼間からやたらに屯している男の人たちが多く、仕事は何をしているのか不思議でした。ちなみに私が話せるのは片言の英語と2~3のトルコ語だけでした。ある時シルケジ駅の付近を散策していた時に、バングラディッシュから出稼ぎに来ていると思しき青年に捕まり、私がこれからアンカラに行くと言うと、自分も付いていくと言い出しました。私は怖くなって、翌日こっそりアンカラに発ちました。

シルケジ駅の近くのフェリー乗り場から小さなフェリーに乗って、アジア側にあるハイダルパシャ駅から列車(トルコの国鉄)に乗りました。途中エスキシェヒルという駅に停車した以外は、停車しませんでした。車内では女性の給仕係からコーヒー(ネスカフェでした)を買いました。無事に首都のアンカラに到着して、友人が教えてくれた住所を頼りに行こうとしましたが、皆目分かりませんでした。すると少年と思しき集団が助けてくれました。しばらくうろついていると、偶然にその友人が外に出ていて、無事に友人の下宿しているアパートに着くことができました☆
次に続く



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