(エッセイ)トルコの一人旅の記録。危ない目に遭った話(第2回/全2回)
友人の下宿先は大学生のアパートの部屋で、友人はその大学生と同居しているのでした。夕食に自家製のカレーピラフを作ったことはよく覚えています。私はひとりでアンカラ市内を観光しました。イスタンブールと違って首都のアンカラはどこかいかめしく、あまり居心地が良くありませんでした。ある日私は、アンカラ城跡に行きました。城の壁面の淵を歩いていた時、遠くから獰猛な犬が3匹私に向かって駆けてきました。私は「ノーノー」と言いながら、渕の上に非難しました。後ろは数十メートルもある崖で、走っている車と市街がはるか下に見下ろせました。万事休すかと思った刹那、遠くから飼い主と思しき老人が犬に気づいて呼び返しました。おかげで私は命拾いをしました。

翌日、カッパドキア(ユルギュップ)に日本語を教えに行く友人に同行しました。カッパドキアは奇岩の宝庫で、岩に住居が掘られているのが興味深かったです。また友人と同居の学生が通っているアンカラ大学の構内にも案内されました。翌日、イスタンブールに戻るために、長距離バスを使いました。イスタンブールに戻ると、学生デモで盛り上がっていました。

ある日、ボスポラス海峡の沿岸を散策中、車でやって来た2人組の男たちに声をかけられました。男は一見親切そうで、自分は警察官だと名乗りました。私は疲れていたのと、ひとりが飽きてきたのと、気のゆるみで、つい車に乗り込んでしまいました。そのあとが悲劇で、男の1人は「お前はどうやってお金を持ち歩いでいるんだ」と聞いてくるので、私は正直に首から下げたポーチに仕舞っていると言ってしまいました。男は「今度日本に行くので、向学のためにそのポーチを見せてくれ」と言いました。私が男にポーチを見せると、それを取り上げて自分で触り始めました。やがて車がとある新市街に止まり、男は私に先に降りて待っているように言いました。その後30分待ちましたが、男たちは二度と現れませんでした。私は日本円札とトラベラーチェックとパスポート以外、米ドル札とトルコリラ札はすべて盗られました。睡眠薬入りのチャイを飲まされた人もいたようで、そのような危険に遭わなくて良かったです。

それからが大変で、新市街だという以外は、まったく居場所が分かりませんでした、時間は日暮れの間近で暗くなってきました。私は慌てて、銀行が閉まる直前に銀行に入りました。片言で訳を話して、日本円札を出して米ドルかトルコリラに両替してもらうように頼みました。初めは半信半疑で、その日本円札(一万円札)が本物かどうか、みんなで点検していました。結局本物だと分かり、無事に両替してくれました。外は暗く寒く、私は途方にくれました。なんとか標高の下がっている方角を目指し、とぼとぼ歩きました。そのうち、大きな車道に出て、遠くに旧市街の灯りが見えました。私は車専用のアタチュルク橋を通って帰ったようでした、夜の暗闇と寒さの中、約3時間歩き、元の旧市街のホテルに無事に着きました。

翌日総領事館に報告し、トルコ語で書かれた書類をもらい、警察に被害届を出しました。総領事館には出所したばかりの犯人と思しき、指名手配中のニセ警官のポスターが貼ってありました、あの男でした。警察にはホテルのスタッフが同行してくれました。警察署に行き、被害届を提出すると、朝からみんなで大きなパンをちぎって食べ始めました(警官も同様)。私もパンを勧められて食べました。定宿のホテルのスタッフはみんな親切で、お客さんも含めてみんなで心配してくれました。
結局、この事件のせいで、1ヶ月の旅の予定が2週間になりました(了)



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