(エッセイ)津軽半島へのひとり旅 1回(全3回)
このあたりの海は権現崎という国定公園になっていて、長い間、風雨にさらされ波に洗われた荒々しい断崖が、はるか向こうまで続いている。けれども厳しい眺めとは裏腹に、ここはとても静かな町だった。埠頭に停泊している漁船のそばで、子供たちが遊んでいる。ゴム長をはいたおじさんが釣りをしている。海の向こうから飛んできたかもめが旋回して、またどこかを目指して飛んでゆく。海辺を歩いていると、仲間からひとり取り残されたかのように、ずっとうずくまったまま動かないかもめを見つけた。羽根を怪我したのだろう。波の上で、遠くかすむ島影をただぼんやり眺めていた。飛ぶことのできないかもめは、多分何日も生きられないだろう。けれども、何もしてあげることができない。見ていると辛いので、私は黙って通り過ぎた。宿に帰ってからも、あの光景が何故だか心に焼きついて離れなかった。
その夜、私はもうひとつ、忘れられない光景に出会った。沖に出ていたたくさんの船が、いっせいに港に帰って来て、それまで、まばらな水銀灯と月灯りにだけ照らされていた港沿いが、そこだけ真昼のように明るくなった。それぞれの船の前では、漁に出ていた人の家族が総出で、ゴム長にゴムの分厚いエプロン姿で、黙々と捕れた魚を網から外し、発泡スチロールの箱に詰める作業をしている。ランプの灯りでオレンジ色に染まったどの顔も、悲しいくらいに生きている。生きて動いて生活している。私は夢の中の町に迷い込んだような、けれども心の奥までこの真昼のような灯りが差してくるような、不思議な気持ちで港沿いを歩き続けた。
5月。青森県の津軽半島にて。
(続)



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