(エッセイ)情景(掌篇)北海道浜中町にて①
ここの海域は産卵のために川を遡る鮭が、たくさん集まってきている。だから素人でもその気になればいともたやすく、体調60㎝の大物を捕獲することができる。もっとも禁漁ということになってはいるが、地元の男たちは結構堂々としたもので、浜に何本ものルアーを間隔を開けて突き差し、リールを海に向けて放ち、効率の良い手段で鮭を釣ろうと試みる。ちなみに鮭は北海道ではアキアジと呼ばれている。
僕はここでそのアキアジを釣り上げた事がある。件の漁師兼旅館業の親父の漁船に便乗し、戯れに釣りごっこを楽しんだときだった。参加者は10人ほどで、親父の旅館の客が大半で、残りはユースホステルの泊り客だった。小舟は縦揺れが激しく、もともと乗り物にはめっきり弱い僕は、10分もすると体を起こして居られなくなった。親父はなるべく水平線の遠くを見ろと盛んに促してくれるが、継続した効果は薄かった。
そのうちに、僕のルアーがみるみるしなりはじめた。初めて釣ったアキアジは、僕1人の腕力では統御することなどできず、僕より屈強の青年たちが集って助太刀をしてくれ、ようやく船底にその初めての獲物を横たえることができた。初心者には幸運が付き物らしい。僕の獲物は腹にたっぷりと筋子を蓄えたメス鮭だった。
宿に戻って、親父に教わりながら生まれて初めて鮭を解体した。腹に刺身包丁の先端で切れ目を入れると、紅色をしたかたまりがドロッと溢れ出た。鮭の黒光りする鉛色の肌に、明るく橙色に輝く筋子の艶めかしさが良く映えた。切り身は後日、客の朝食のもてなしに供されるために、業務用の大型冷蔵庫に保管した。筋子をほぐしてイクラを取り出す作業には、えらく時間と手間を要した。イクラが筋子に比して値段が高い訳がよく分かった。しょうゆとみりんと酒に漬け、一晩そのままにした。
(了)
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